放射線治療

前立腺がんの放射線治療について

halsyon
当院の放射線治療室および放射線治療装置(Halcyon)

はじめに

放射線治療技術の進歩により、がん病巣に対して必要な放射線を正確に照射しながら、周囲の正常臓器への影響を抑えることが可能となりました。 その結果、限局性前立腺がんの治療において放射線治療は手術と同等の選択肢となっています。当院の放射線治療センターでは、2008年にIMRT(強度変調放射線治療)が保険適用されて以来、前施設である脳神経・放射線科クリニックにて多くの前立腺がん症例をIMRTで治療してきました。また、近年普及しているIGRT(画像誘導放射線治療)についても、前立腺に留置した金マーカーを用いた照合システムを用いてその黎明期から積極的に取り組んでいます。 2023年11月には、IMRTおよびIGRTに特化した最新の放射線治療装置「Halcyon(ハルシオン)」と体表面モニタリングシステム「IDENTIFY(アイデンティファイ)」を導入し、前立腺がん診療をさらに充実させるため、 坂泌尿器科病院放射線治療センターを開設し、脳神経・放射線科クリニックから移転・統合しました。Halcyonの導入により、IMRTをさらに効率化したVMAT(強度変調回転放射線治療)による治療が可能となりました。これを用いて短時間かつ身体の負担の少ない放射線治療を目指しています。また、転移リスクの高い症例に対しては、前立腺原発巣と骨盤リンパ節への予防照射を同時に行う治療や、前立腺がん根治手術後(あるいは手術後)の局所病変残存やPSA上昇に対する救済(サルベージ)放射線治療などの高度な放射線治療も可能になりました。 これらと新しい薬物療法と組み合わせることで、前立腺がん全体の治療成績向上も期待されます。

前立腺がんのステージ(病期)と治療範囲

ステージ(病期)とPSA値や病理組織診断の結果などを加味したリスク分類を元にして前立腺がんの治療範囲を決定します。

前立腺がんの治療範囲

前立腺がんの治療範囲

放射線治療のための準備

金マーカー

治療精度の確保に必要な場合は金マーカーを刺入・留置します。この場合は泌尿器科で2泊3日の入院手術となり、術後の出血の有無や、排便・排尿の状態など経過を確認した後に退院となります。金マーカーを用いなくても治療精度が確保できると判断した場合は金マーカー留置は行ないません。(現在は留置を要しないことが多いです)

ハイドロゲルスペーサー

前立腺と直腸の距離を空けるために用いられるものですが、当院の照射環境においてはメリットが乏しいと考え現在は使用していません。

栄養指導

規則正しい排泄習慣をつけて放射線治療の有害事象を低減するため管理栄養士による栄養指導があります。

放射線治療計画CTとMRIの撮像

(金マーカー留置後の場合は退院して1週間後以降に)放射線治療センター外来で放射線治療計画CTとMRIの撮像をします。放射線治療時と同じように飲水と蓄尿をします。蓄尿量をCTで測定して確認します。毎回の放射線治療セットアップ時に履いていただく体表面照合用の下着のご案内もします。

治療精度を確認するための検証

放射線治療計画CTをMRIの画像を用いて、放射線治療医と医学物理士、診療放射線技師が放射線治療計画を立てます。その後、治療精度を確認するための線量検証を行ないます。

放射線治療開始

放射線治療計画画像を撮像してから約2週間後に放射線治療を開始します。

総線量/分割回数、治療期間

放射線治療は、治療期間における放射線の総線量=Gyと何回に分けて治療をするか=回数で治療期間を設定しています。
※Gyは「グレイ」と読み、放射線の量を表す単位です。
代表的な放射線治療スケジュール

□ 前立腺(及び精嚢)への照射 60Gy/20回 約4週間
□ 前立腺、精嚢及び骨盤リンパ節領域への照射 70Gy/28回 約6週間
□ 前立腺全摘後の術後照射 70Gy/35回 約7週間
※土日祝日を除く月曜日から金曜日の週5回、放射線治療を実施します。

毎回の治療の流れ、治療時間

排便・排ガス

基本的には普段の排便リズムで無理なく、とくに痔がある場合には肛門部に負担がかからないようにしましょう。栄養指導で渡される排泄習慣表をつけて経過をみましょう。

蓄尿

放射線治療前の飲水量や排尿のタイミング、蓄尿に掛ける時間などは放射線治療計画用のCTやMRIを撮像する際にお伝えします。治療中の経過によってこれらの条件を途中で変更することがあります。

更衣・待機

男女別の更衣室で、治療開始まで座って待機していただきます。

放射線治療室入室

放射線治療の準備ができましたら担当の診療放射線技師が放射線治療室にご案内いたします。毎回の治療は同じ時間の予約制ですが、緊急対応などの際はお待ちいただくことがあります。また、入院で放射線治療を受けられる方は放射線治療室の予約状況などにより治療時間を調整させていただく場合がありますので、ご了承ください。

放射線治療

治療中の姿勢の微調整、位置照合用の画像撮影などを実施した後に照射を実施します。多くの照射は5~10分程度で終了します。放射線治療中に熱さや痛みを感じることはありません。照射中、照射後に位置ずれを確認するために再度位置照合用の画像を撮像することがあります。

退室

放射線治療終了後は身支度を整えて、ご帰宅いただきます。(入院中の方は病衣のままで病棟にお戻りいただきます)放射線治療中は原則として週に1回、放射線治療担当医の診察があります。また、治療期間中に管理栄養士による栄養指導を行なうことがあります。いずれも放射線治療開始の際や実施中にご案内いたします。

標準的な治療成績

5年生化学的非再発(PSA値の再上昇がない)率
低リスク群:約80~90%
中間リスク群:約70~80%
高リスク群:約50~70%
[放射線治療計画ガイドライン2024年版より引用]

合併症・有害事象(副作用)

(1) 急性期有害事象(治療中〜治療後約1ヶ月の間に生じるもの)
主に照射部位の炎症による症状です。症状の程度は個人差がありますが、放射線治療を受ける方のほぼ全員に生じます。多くは外来通院による対応が可能なものですが、経過によっては入院での対応を必要とすることがあります。 症状悪化に伴う治療中断とならないよう、炎症の原因となるアルコールや刺激の強い飲食物は極力避けてください。 治療が進むにつれて症状は徐々に現れ、強まります。治療の終盤から治療後1週間程までが症状がもっとも強い時期です。その後は自然に炎症が引いていき、徐々に症状も軽くなって治療前と同じ状態に戻っていきますが、回復までの時期には個人差があります。症状が強い場合には内服薬や外用薬で症状を和らげながら放射線治療の完遂を目指します。まれですが症状が非常に強い場合は放射線治療を中断して有害事象の治療を優先することがあります。

(a) 尿道や膀胱の炎症
・ 頻尿、尿意切迫
・ 排尿困難、排尿時痛

(b) 直腸の炎症
・ 頻便、便意切迫
・ 軟便

(c) 皮膚の炎症
・ 皮膚の発赤や色素沈着(とくに臀部や両股関節の外側)
・ 照射部位(陰部、下腹部、臀部)の脱毛

(d) その他 ※とくに骨盤リンパ節領域照射も行う場合
・ 下痢
・ 悪心、食思不振
・ 倦怠感
・ 放射線宿酔(照射後一過性の船酔いのような感覚)

(2) 晩期有害事象(治療後約6ヵ月以降に生じる可能性のあるもの)
主に治療標的に近く、多くの放射線が当たった部位(臓器)に生じる可能性のある症状です。 強い炎症が生じた後にその部位が脆くなったり(脆弱化)、固くなったり(線維化)することで生じます。 急性期有害事象と異なり全員に生じるものではありませんが、放射線治療が終了して半年以降に約5%の確率で生じる可能性があります。放射線治療実施前の手術歴(とくに下部直腸がんや前立腺肥大症の手術)、糖代謝異常(糖尿病)や動脈硬化などの合併症、喫煙や過度の飲酒などの生活習慣などによりこの可能性が上がります。放射線治療計画と毎回の照射に際して、周囲の正常臓器に照射される放射線量を必要最小限に留め、晩期有害事象が生じる確率を下げるように務めていますが、その確率をゼロにすることはできません。 症状が生じた場合には投薬などの治療を行いますが、現状では完治が難しいものが多く、対症療法が中心となります。血尿や血便・下血が多く続く場合には泌尿器科や消化器内科での内視鏡による止血が必要となることがあります。前立腺がんの放射線治療後の経過観察の中でとくに重要な事項です。

(a) 前立腺内の尿道や膀胱で強く照射された部位での炎症後変化
・ 血尿
・ 膀胱にためられる尿量の減少、頻尿、尿意切迫
・ 尿失禁
・ 尿道の狭窄による排尿困難

(b) 直腸、肛門の症状
・ 血便、下血
・ 頻便、便意切迫
・ 残便感、排便困難

(c) 前立腺とその周囲の血管の症状
・ 精液量の減少
・ 勃起障害

(d) その他 ※とくに骨盤リンパ節領域照射も行う場合
・ 小腸の障害(腹痛、下痢、腸閉塞)
・ 骨盤や大腿骨の不全骨折
・ 下肢のリンパ浮腫
・ 二次発がん
※まれですが放射線治療によって膀胱がんや直腸がんなどの二次発がんのリスクが上がる可能性があると言われています。特に若年の方では注意深い経過観察が必要となる場合があります。